十七文字
世界でもっとも短い詩。
俳句。
たったの17文字の中に季節感まで持たせる。
なかなか過酷なルールだと思う。
何しろ語彙に疎ければ話にならない。
文字数制限と季語、そして韻。
いい言葉を選んで組み立てる。
詩である以上は、音楽の作詞に通じるものがあるのではないだろうか。
フレーズが先かメロディが先かという問題はあるだろうけど。
なんにせよ、最終的にはメロディとマッチした詩でなければならない。
そう考えると、ラップやヒップホップのミュージシャンは偉い。
テンポよく、リズムよく。
ところで、よくヒップホップミュージシャンがこんな手をする。

あ、違った。
コレはフレミングの左手の法則だった。
くれぐれも右手でやらないように。
十字架
吸血鬼は日光が嫌いだ。
吸血鬼は銀が嫌いだ。
吸血鬼はニンニクが嫌いだ。
日光と銀とニンニク。
この三つには共通点がある。
それは殺菌作用。
日当たりのいいところにはカビは生えない。
銀はその殺菌作用ゆえに食器などにも使われる。
韓国料理に銀の箸が使われているのはそのなごりといわれている。
ニンニクもまた殺菌作用を持つ。
昔、ある少年は食パンを暗いところに放置する実験を行った。
おろしニンニクを塗った食パンと普通の食パン。
やがて一方にだけカビが生えた。
それは普通の食パン。
このことから、ニンニクにも殺菌作用があることが立証できる。
少年が実験に使用した戸棚は使い物にならなくなって捨てられたのだが・・・。
西洋の吸血鬼伝説はペストの流行と関係がある。
・・・と思う。
病原菌の脅威を、吸血鬼というものに重ね合わせたて辻褄を合わせたのだろう。
吸血鬼と日光と銀とニンニク。
宗教的な関連かと思いきや、実はとても科学的だ。
ところが、もう一つがどうも解せない。
それは十字架。
これだけは純粋に宗教的なものなのだろうか?
ずいぶん永いこと考えているが、いまだに解答を得られていない。
う〜ん・・・。
八手
昔むかし、あるところに一人の少年が住んでいました。
彼は小学二年の夏休みに、ある植物をテーマにした自由研究に取り組みました。
それは八手(ヤツデ)。
ヤツデの葉は本当に八股なのか?
これを検証すべく、統計をとりました。
方法は至って簡単。
ヤツデの葉の指(?)の数をただひたすら数えるだけ。
家の近所だけではなく町中を自転車で走り回ってはヤツデの葉を探し、葉の指の数を数えました。
何百枚という葉の統計をとり、彼は一つの結論にたどり着きました。
ヤツデの葉は九股が多い。
それまで人類が信じてきた真理は、ここに崩れ去ったのです。
少年は大きくなって理科の先生になりました。
でも世の中の当たり前と思われることを疑う気持ちを忘れていません。
彼は、いつも何か意外な出来事が起こらないかとワクワクして過ごします。
・・・って言う割りには不測の事態に弱いけど。
六腑
五臓六腑という言葉がある。
五臓(肝臓・心臓・脾臓・肺臓・腎臓)と六腑(大腸・小腸・胆・胃・三焦・膀胱)。
あわせて五臓六腑。
そのうち六腑の方は五腑と呼ばれることもある。
実在しない臓器がひとつ含まれているからだ。
三焦。
上焦(胸部)・中焦(上腹部)・下焦(下腹部)に分かれ、呼吸・消化・排泄をつかさどる。
・・・らしい。
五臓や他の五腑については部位も働きもはっきりわかっているのに、あえて架空の臓器を付け加える。
昔の人たちは面白いことをするもんだ。
蛋白質やらカルシウムやら脂肪やらを集めて、ヒトのカラダと同じモノを作ることはできる。
が、命を持たないそれはヒトではない。
五臓五腑が揃っていても、それらが正常に機能するためには、何か別の器官がないと辻褄が合わない。
昔の人たちはそう考えて架空の一腑を勘定に入れたのかも知れない。
目に見えている物質的なモノばかりにとらわれてはいけないなぁ・・・。
と思う今日この頃。
銅線
エナメル線というものがある。
エナメルでできた線ではなく、エナメルでコーティングされた線である。
この違いは大きい。
くれぐれもお間違いなく。
一般的にエナメル線の正体は銅線であることが多いのだが、いつもエナメル線と呼ばれてしまう。
エナメルでコーティングしてあれば、中身は何でも良いのだ。
ニクロム線だって、金糸だって、木綿糸だって、エナメルでコーティングすればエナメル線。
いい加減なもんだ。
銅線が銅線であることを主張するためには、外側のエナメルが邪魔だ。
自分が何かを主張したければ、まわりを覆っている表面的なモノを取り去る必要がある。
いま、私は空手を通じてこの課題と向き合っている。
いつまでもエナメル線のままではいけないな。